渡邊順生:ゴールドベルク変奏曲
☆セシルレコードのCD
|
待望のゴールドベルク!
巨匠渡邊順生が満を持して放つゴールドベルク変奏曲
渡邊順生:チェンバロ スコヴロネック1990年(ルフェーヴル)
|
ゴールドベルクチャート
この作品の全体のプランを辿りながら聞いていただくためのものである。
*:1段鍵盤
**:2段鍵盤
*/**:1段または2段鍵盤
|
Aグループ
組曲やソナタの楽章として頻繁に用いられた形式による変奏。
|
Bグループ
2段鍵盤のための二重奏。チェンバロの二つの鍵盤の使用が指定され、それぞれの鍵盤上に置かれた右手と左手が対等にめまぐるしく走りまわり、絡み合う。
|
Cグループ
カノン。第2声部が第1声部を模倣しながら追いかける。変奏が進むごとに1度づつ追いかける音程が広がって行く。
|
|
|
ARIA(3/4) |
|
Sonata or Suite Movement |
Duet |
Canon |
|
|
* |
3 |
12/8 |
Canone all'Unisuono |
|
|
|
* |
6 |
3/8 |
Canone alla Seconda |
|
*/** |
7 |
6/8 |
al tempo di Giga |
|
|
* |
9 |
4/4 |
Canone alla Terza |
|
|
|
* |
12 |
3/4 |
Canone alla Quarta |
|
|
|
* |
15 |
2/4 |
Canone alla Quinta/ Andante |
|
|
|
* |
18 |
2/2 |
Canone alla Sesta |
|
|
|
* |
21 |
4/4 |
Canone alla Settima |
|
|
|
* |
24 |
9/8 |
Canone alla Ottava |
|
|
|
** |
27 |
6/8 |
Canone alla Nona |
|
|
|
|
Sonata or Suite Movement |
Duet |
Canon |
|
ARIA(3/4) |
|
データ
チェンバロ
Marrin Skowroneck, Bremen 1990, nach Nicholas Lefèbvre, Roen 1755
マルティン・スコヴロネック,ブレーメン,1990製作
ニコラ・ルフェーヴル, ルーアン, 1755年のモデル
Exsecutive Producer: 宇田川貞夫
Recording Producer: 遠藤哲司
Recording Engineer: 永山欽也
Editor: 遠藤哲司
Recording Location: 碧南市 エメラルドホール
Recording Date: 4-6 February 1998
Cover Art:小林 克 "LUMIERE"
Cover Design:石崎洋介
Technical Data
Microphone: NEUMANN M-149TUBE
Mic.Amp:Milennia Media Model HV-3
AD Converter:STUDER Mic VALVE D19
DAT Recorderk:TASCAM DA-30
Monitor: Cecile Special Mark II
Isolation Regulator: CSE
Digital Editing System:STUDER DYAXIS II
渡邊順生 解説より
「ゴルトベルク変奏曲」がそれ以前のバッハのクラヴィーア作品と大きく異なるのは、穏やかながら広大な広がりを感じさせることである。それは多分、この作品の多くの変奏曲の中に感じられる「ユーモア」と関係があるだろう。
..(中略)..
まず、この作品は、バッハの作品中でも特に「遊びの精神」にあふれたものの1つである。特にBグループの変装はそれを強く感じさせるが、Cグループのカノンにも、バッハの大きな「パズル遊び」の要素が強い。それが、一種独特な「余裕」の感覚を生んでいる。
..(中略)..
「ゴルトベルク」は、人生における様様な想い、様々な思い出が、走馬灯のようにくるくると現れては消えていくような印象を与える。この作品には一種の旅の感覚がある。第30変奏の後半は、まさに旅の終わりを強く感じさせる.30曲を聞き終わって(弾き終わっても)アリアが戻ってくる瞬間には、特別な感慨が湧いてくる.その瞬間の感動のために、演奏会場に足を運んでくれるお客さんも多い。「ゴルトベルク」はCD向きの曲だと書いたが、この瞬間の効果だけは、生演奏に敵わないだろう。このディスクがもし気に入っていただけたなら、コンサートにも是非いらして下るようにお願いしたい。
批評
[推薦]
つい先ごろALMから1996年録音の《半音階的幻想曲とフーガ》などを集めたバッハ・アルバムをリリースしたばかりの渡邊順生のセシル・レーベルのバッハは《ゴルトベルク変奏曲》。ただ、こちらの録音データは単純ミスだとは思うが、欧文で「2月4~6日」としか記されていない。冒頭の〈アリア〉を聴きだしてまず、エ! と思ったのはそのテンポの遅さだ。いや、正確にはゆったりと感じさせるテンポである。反復を含んで4分38秒という所要時間はたしかに物理的にも普通より長いが、のびやかに、そして十全に「書かれたものを歌いきる」という渡邊の解釈と演奏能力に感服する。さきの《半音階的》の楽器はミヒャエル・ミートケ(1715年ごろ)モデルの美しい音だったが、今何の楽器はニコラ・ルフェーヴル(1755)モデルのマルティン・スコヴロネク(1990)。これもまた余韻の豊かなしっとりとした響きをもっており、その性能がよく活かされている。これも《半音階的》同様、渡邊の演奏はきわめてオーソドックスなもので、むしろ今日ではそれもまた新鮮に聴こえる。絶妙なアゴーギクでこの作品の構造的な美しさと音楽性を表現していく演奏は、まさにバロックの音楽的修辞法がきわめて素直に、今日的解釈において再生されていると感じるが間違いだろうか。渡邊自身によるしっかりとした解説も添えられている。
〈武田明倫〉
[推薦]
日本人によるチェンバロ版《ゴルトベルク変奏曲》には、武久源造(ALM)、鈴木雅明(ロマネスカ)のそれぞれすぐれた録音があるが、結論から言って、渡邊順生が発表したこの一枚も、劣るところのない秀抜な演奏である。古楽研究家かつ演奏家として、1950年生まれの彼は今や円熟にさしかかり、蓄えたものから来る自信――もちろんよい意味での――も身の内に湧いているところなのではあるまいか。《ゴルトベルク》の主題はゆったりと余裕をもって歌われると同時に、自発性に溢れているのが人の心を捉える。変奏もおおむね、テンポをいたずらに急ぐことなく、緻密であると同時に、なにかのびやかな明るさとともに表現されていく。したがって、音型を繰り返しても機械的になることはなく、おそらくバッハもそう望んだであろう人間的な息づきに満ちて響く。言いかえるなら、渡邊順生はこの大作に親しみを抱いて、しんから楽しみながら演奏しており、そのことが聴き手をも楽しませ、くつろがせる。もとより一方では十分に設計に心の配られた、造型的にも精度の高い演奏である。ちなみに演奏者自身による解題(ブックレット10ページを満たしている)を読んでみれば、理解の深さがさらによくわかろうというものだ。それにしても真の名曲というものは、解釈・表現の方法がそれこそ無数に存在し、すぐれた演奏家はつねにそれを掘り起こしては、その喜びを聴き手にも伝えてくれる。そんな当たり前のことを、いまさらのようにしみじみ思わせる、これは演奏であった。
〈濱田滋郎〉
[録音評]
広くはないが響きのいい空間で、比較的近くで聴くチェンバロの音をイメージさせる録音。ホールのステージの床鳴りまでも収めて実にリアルだが、チェンバロは鋭さも響きも強調されずに収録されている。音場の自然な広がり方から推してシンプルな収録のようで、もしかするとワン・ポイント録音か。1998年3月、碧南市、エメラルドホールでの、プロデューサー・遠藤哲司、エンジニア・永山欽也の収録。<98-95>
〈神崎〉